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法律マメ知識

【裁判員制度について】:裁判員制度を知ろう〔1〕

Q. ☆セーラさんと連太郎さんが何か楽しそうに話しをしていますよ。チョット聞いてみましょうか。
A. 下記のQ&Aに解説しました。
セーラ; ねえ、裁判員制度が2009年5月にはスタートするそうだけど、裁判員制度ってどんなもの?
連太郎; 今まで裁判は、裁判官だけが審理し、判断していたけれど、これからは普通の市民も裁判官と一緒になって、審理し、判断するということだよ。
セーラ; へぇ〜。私も裁判官のように黒いハッピを着て、「被告人は懲役 5 年」なんて言うの。カッコイイ!
連太郎; いや、ハッピじゃなくて法服と言うんだけど、それは着ないよ。それに、判決を言い渡すのは、市民ではなく、裁判官だよ。
セーラ; じゃ、市民は何をするの?
連太郎; 裁判官と一緒に法廷の壇上で、検察官と弁護士とのやりとり、証人や被告人の供述などを見聞し、証拠を見たりして、その後、裁判官と市民が一緒に議論して(評議と言う)、有罪か無罪か、有罪の場合どれくらいの刑がいいのかを決めるんだよ。これを評決と言うんだけどね。
セーラ; 私に、証人の話を聞いたり、証拠を見たりして、有罪か無罪かなどを判断することなんてできるかな。それに、法律知識もほとんどないんだよ。きっと無理だと思うわ。
連太郎; 確かに慣れないことではあるけど、市民が日々の日常生活における経験や通常の感覚で、ある事実があったかなかったか、論理的な矛盾がないかどうか、本当にそんなことが生じる可能性があるのかないのかなどを判断すればいいんだよ。特に、法律知識は必要ないんだよ。どうしても法律知識が必要な場合は、裁判官から説明を受ければいいんだよ。また、疑問があれば、どんどん出していけばいいんだよ。セーラちゃんでもきっとできるよ。
セーラ; フーン。
連太郎; 検察官や弁護士も、市民(裁判員)に分かりやすい言葉遣いをするはずです。
それに、最も大切なことは、裁かれようとしている被告人は、「無罪の推定」を受けるということ。「疑わしきは罰せず」とも言われている。だから、有罪とすることについて「合理的な疑いを容れる余地があれば」有罪としてはならないんだよ。つまり、有罪とすることについてチョットでもまともな疑問が残れば、無罪なんだよ。市民が判断するときは、そういう視点から見ればいいんだよ。
セーラ; なるほどね。でも、私が人を裁くなんて大それたことだし、有罪としたら後から報復されないかという心配もあるわ。それに被告人も、同じ市民に裁かれるなんて嫌じゃないかしら。
連太郎; 今までは、裁判は裁判官がするものとされているけど、外国では市民が裁判をすることは少なくないし、日本でも戦前の一時期にあったことなんだよ。それに有罪か無罪かの判断は、「無罪推定」の原則と市民の通常の感覚・論理力などがあれば十分できることだし、市民による裁判も定着してくると思うよ。ただ、どれくらいの刑がいいのか(量刑)は、経験がないと分からないので、裁判官に尋ねながら皆で検討することになるだろうね。

  〔※弁護士会は、量刑は裁判官だけで判断すれば良いと言っています。〕

また、報復の恐れはまずないでしょうね。判断するのは、裁判官3人と市民(裁判員)6人ですし、そもそも判決が出てから何かをしても意味がないでしょ。これまでも裁判官が報復されたという話は聞いていないでしょ。それに、裁判員の氏名や住所などは公表されません。
セーラ; でもね、世論調査によると6割、7割の人が裁判員になりたくないんだって。なんで、そんな嫌がられることをやろうとするの?
連太郎; 本当に嫌がられているね。でも、そのこと自体、市民が、裁判というものに関心を持って来なかったことの現われだと思うよ。裁判員制度の最大のねらいは、市民が裁判や法にもっと関心を持ってほしいと言うことなんだよ。 たとえば、多重債務で苦しんでいる人は利息制限法を知らないし、働いている人のほとんどが労働基準法を、消費生活をしている人のほとんどが消費者契約法を知らないよね。その他にも、自分たちに最も身近な法や規則を知らない人が多過ぎるね。裁判員制度が始まれば、当然に法や規則を知ることにはならないけど、ひとつのきっかけにはなると思う。それに、学校や職場で、法的なものの見方・考え方を学ぶ法教育が行なわれるきっかけにもなるよ。 市民が、自分たちを取り巻く社会について考えることになるし、もっと良い社会への第1歩となることが期待されているんだよ。
セーラ; そうだね。私たちの生活を取り巻いている法律や社会などに無関心すぎるよね。
連太郎; 私たち市民は主権者、国の主人公であり、立法や行政について種々の意見を表明しているよね。同じように、立法や行政に対するチェック機能を持っていたり、人権の擁護を目指す司法についても、市民が意見を言えるのは当然のことだよね。現に、民主国家、先進国と言える欧米や韓国などには、市民が裁判に参加する制度(陪審、参審)があるんだよ。
セーラ; じゃ、裁判員制度は民主主義のバロメーターだね。
連太郎; その通り。そのほか、裁判官は司法界でもエリートと言われるように、裁判官以外には社会経験がない純粋培養のような人が多いし、普通の市民との接点が少ないことから非常識な判断をすることもあると言われている。そこで、そこに市民感覚を持った市民が加わることによって、より妥当な判断ができるとも言われているんだよ。
セーラ; 裁判に市民の風を!というところね。
連太郎; いいこと言うね。
セーラ; たまにはね ---- 。さて、連太郎さんに誉められたところで、裁判員制度の話しは次の機会にしよ。今日は疲れたから、「HERO」でも観に行こうよ!
連太郎; 分かった。そうしよう!

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